沖縄出発
5:00 テントで蚊の侵入を防げたのでぐっすり寝られた。が、雨が降ってきたのでテントを撤収し屋根スペースに避難。
今日は9時過ぎのフェリーで沖縄を出る。その前に一つやることが。
8:00 一緒にテント泊したミッツさんとお別れし、近くの小学校の校門前へ。昨日子どもたちに「門の前に来てね」と言われていたのだ。子どもとの約束は必ず守る。
校門にあまり近づくと怪しまれるかもしれないので、適度な距離で子どもを待った。8時10分、15分、20分…。目の前を通る子どもを見るが、昨日の子たちが通らない。
「8時前に入ってしまったかな?」
フェリーの時間があるので残り3分くらいか。雨がぱらぱらと降ってきた。服を濡らしながら待っていた時、子どもたちが現れた。すでに登校していた子も呼んでくれて、お別れのあいさつができた。「大丈夫?」と傘を差し出してくれた子もおり、涙腺が緩んだ。
子どもとの約束、これまで何度破ってきたことか。
「先生!次の休み時間ドッジボールしような!」
いざ休み時間になると「ごめん、授業の準備があって…」
「先生!後で話聞いてな!」
その時間が来ても「ごめん、職員室行くからまた後で!」
9:20 フェリーに滑り込んだ。本当にぎりぎりだった。でも最悪フェリーは逃していいとも思っていた。校門前に行ってなかったら、きっと後悔していただろう。
こうして、約2週間の沖縄生活が終わった。ヨットで上陸した日が懐かしい。沖縄でのいろいろな方たちとの出会いの場面が頭に浮かんだ。
鹿児島からほんの1週間くらいの気持ちで出発した南の島の旅。まさか全部回ることになるとは(笑)各島での思い出もよみがえる。
忘れ物
さて沖縄の本部港を出発し、来た道を戻っていく。次の目的地は奄美大島だ。
え、鹿児島ちゃうの?
て思いますよね(笑)実は奄美大島にとある「忘れ物」をしてしまったので、それを迎えに行く。鹿児島に帰るのはその後だ。
奄美大島の名瀬港までは12時間。夕方ソファでゆっくりしていると、名瀬にあるゲストハウスのオーナーさんに出会った。親切にも差し入れと名刺をいただいた。ありがたい^^
18:30 差し入れを食べながら夕日を見た。きれいやなあ。
21:20 名瀬港に到着。今日はここで1泊する。
スーパーに行ってみたもののすでに閉まっていた。ベンチに座り、しばらく考える。
空腹だったが、結局この日は炭酸ジュースで腹を満たした。近くの公園で野宿することを決定。
5:50 名瀬の公園で起床。少し寒かったがまずまずの寝起き。
ラジカセを持ったおばあちゃんが一人やってきた。続々とおじいとおばあが集まりラジオ体操が始まる。せっかくなので混ぜてもらった。
奄美大島での「忘れ物」というのは実は3つある。一つ目は奄美大島世界遺産センター。前回来たときは休館日で入れなかった。二つ目は古仁屋からフェリーで行ける離島。手つかずの自然が残る海がきれいな島らしい。三つ目は古仁屋で泊まったお宅に置いてきてしまった服。これは本当に忘れ物(笑)
ということで再び南部の古仁屋に向かう。フェリーが名瀬に着くものしかなかったため、仕方ない。ちなみに奄美大島にいられるのは明日まで。明日の名瀬からのフェリーで鹿児島に帰る予定。つまり古仁屋までは往復することになる。これはつらい(T T) 何やってんだか(笑)
二度目の奄美縦断
7:00 名瀬を出発。220日目以来二度目の奄美縦断だ。前回は天気が悪くあまり写真を撮っていなかったので、今日はいろいろと収めていきたいと思います。
7:20 国道58号線沿いにポツンとあった自販機。奥には山がそびえたつおもしろい風景。名瀬からまずは反対側の住用町へ。峠を越えるので最初の約30分は上り道が続く。
7:30 2000m越えの新和瀬トンネルを通過。広い歩道があったので利用させてもらった。
トンネルを出て後ろを振り返る。そびえたつ山の景色。あれを登らなくていいんだから、やっぱりトンネルの技術はすごい。
ここから海沿いの道まで一気に下っていく。
7:50 三太郎の里で休憩。
フェリーでいただいた差し入れを残していたので食べた。朝早いので全然人の姿は見えない。
ここから一旦道は左にカーブしていく。その後は再び山道だ。
道沿いのラーメン屋の看板。お昼時なら必ず寄ってしまうだろう。
8:45 道の駅奄美大島住用に到着。まだ開館前だった。トイレだけお借りして先を急ぐ。
道の駅のすぐ裏にあるマングローブ林。天気がよく以前よりもマングローブの緑がはっきり見える。
道の駅を過ぎてからは、一番きつい山道が続く。
くねくねとした山道をヒーヒー言いながら越えると
長い上り坂が登場。古仁屋までの道で一番きつい場所だ。
たくさんの荷物を載せた旅の自転車では、ここを一気に上ることは困難。チェーンが伸び切り、ギアに負担がかかっていることがペダルから伝わってくる。足にも疲労がたまり、自転車を一旦降りる。車の邪魔にならないよう道路の端によって呼吸を整える。そして再びこぐの繰り返し。
上り坂はトンネルの手前で終わる。この網野子トンネルは4000m越えのトンネルだが、古仁屋方向に進む場合は下り道なので安心。問題は明日。ここを上るということか…つらい(T T)
海沿いの道に出たら古仁屋まではもうすぐだ。今日は海もきれい。
10:10 古仁屋に到着。予定より1時間ほど早く着けた。さすが31歳(笑)
さっそく港の方へ移動する。
そういえば、ここであのヨットに出会ったなあ。
220日目、最終的に与論島から沖縄まで乗せてもらうことになるご夫婦のヨットを、最初に見たのがここだ。
ぼおっと港に止まったヨットの列を眺める。
あれ?(笑)
見覚えのある赤いヨットが。なんとお世話になったご夫婦のヨットではないか。急いで駆け寄りごあいさつをした。会いたい人には何度も会える。旅で学んだことだ。うれしい再会だった^^
かけろま
せとうち海の駅でフェリーのチケットを買った。
料金は往復(自転車代込み)で950円。ここからどこに渡るかというと
加計呂麻(かけろま)島だ。
奄美大島の南に位置する加計呂麻島。離島の離島であるこの島では美しいサンゴ礁の海や手つかずの森林、のんびりとした島時間に出会えるそう。奄美最後の秘境ともいわれる場所で、以前出会った方にかなりおすすめされ「どうして行かなかったの?」と責められたほどだった(笑)
11:30 古仁屋港と加計呂麻島の生間(いけんま)港を結ぶフェリーに乗船。約20分の船旅だ。
自転車は壁にしっかりとくくりつけてくれた。
走り出してすぐにかけろまの海が見えてくる。水色にキラキラ光っている。
12:00 生間港に到着。
今日は古仁屋に日帰りするつもりなので、帰りの時間を確認する。生間港は島の東部にあるが、中央部には瀬相(せそう)という港もあって、そこからも船が出ているようだ。
まずは生間港から東の地域を回ってみる。
海沿いの道を東へ進む。少しアップダウンがありそうだ。
乗ってきたフェリーと美しい海が見えた。コバルトブルーに輝く海。うわさ通りである。
細い道の両側には南国らしい植物が。
分かれ道に看板があった。左に行くと渡連(とれん)という集落があるようだ。
集落の中を走らせてもらった。きれいな石垣に瓦屋根の家が立ち並ぶ。
海に抜ける道があったので自転車を止めて進んでみた。
そこには長く伸びた砂浜ときれいな海があった。誰もいない浜を穏やかな波がなでる。昔からずっと変わっていないような景色。
東の端にある展望スペースに来た。奥に見えるのは奄美大島の本島。よく見ると、向こうの入り江部分も水色に光っていてきれい。
後ろに「戦跡」と書かれた看板があった。急な坂なので、自転車は置いて歩いて上ることにした。
この辺りには第2次世界大戦時の要塞跡地が存在する。さっそく見えてきたのは弾薬格納庫。
外から中をのぞいてみた。ほぼ当時のまま残されている。
こちらは金子手崎防備衛所。昭和16年に建設された施設で、目の前の大島海峡への敵艦の侵入を監視するための場所だったそうだ。
こちらも外から見える範囲のみ撮影。今から80年以上も前の施設なので老朽化が激しく、中に入ることはできない。
展望台から大島海峡を望む。こんなきれいな場所も80年前は戦火にあったかと思うと、少し胸が苦しくなった。
山の上の遊歩道をもう少し進んでみる。
こちらにも弾薬庫があった。コンクリートの壁はツタに覆われ、歴史を感じさせる。
扉のようなものがついていたのだろうか。入口にはところどころくぼみがあった。
隣には当時使われた貯水池が残っている。ここで水を浄化し、駐屯兵の飲み水として供給されたそうだ。
14:00 来た道を折り返し、港の方に戻ってきた。ここの海が本当にきれい。
透明度が高く、船がまるで空中に浮かんでいるように見えた。
足元には大きな魚たちが泳いでいる。
おもしろい形やなあ。
リアス式海岸の複雑な地形によって、入り江がたくさん生まれている。きれいなビーチやマングローブ、並木道など観光スポットがたくさんあるようだ。
寅さんが住んだ場所
生間港から今度は西側を探検する。フェリーの最終便までは残り3時間少し。回るところを絞って観光してみる。
後半最初のスポットはここ。港の南側にあるデイゴの並木道だ。
沖縄の県花でもあるデイゴは春に花をつける。残念ながら開花前だったが、樹齢300年以上の大きな木が並ぶ姿は圧巻だった。
前から歩いてきた二人組の旅行者の方と話した。
「寅さんの家見ましたか?」
と聞かれたが、最初は何のことかわからなかった。
案内された方に進んでみると、リリーの家という建物があった。映画『男はつらいよ 寅次郎紅の花』で主人公の寅さんがマドンナのリリーと一緒に暮らした家らしい。シリーズ48作目は寅さんを演じた渥美清さんの遺作となった作品だ。そんな有名な情報を知らずにひょっこり来てしまった。
現在は宿になっていて、一日一組限定で宿泊できる。島にはいくつもロケ地があるようだ。
15:00 今度は北部の海沿いを進む。スリ浜海水浴場の近くにはいくつかおしゃれなペンションが建っている。
こういうところ、いつかは泊まってみたい。
北部の海沿いの道から一旦南部へ。
於斉(おさい)のガジュマルという大木を発見。
ここにも寅さんが訪れたようだ。
わざわざ島の反対側に来たのはこの人の会うためだった。名前は伊子茂(いこも)まもる君。海沿いのブロックの上に直立していて、この辺りの交通安全のシンボルとなっている。
近くにいた方がツーショットを撮ってくれた。身長が完全に一致。違うのはなで肩かそうでないか(笑)
親切なおっちゃんだった。ありがとう!
16:30 瀬相港に到着。古仁屋港までのチケットを購入。
フェリーの時間まで少しあるので、向かいにあったいっちゃむん市場という施設に寄ってみた。
野菜や魚介類、お土産などさまざまなものが売っていたが今はこれの気分。地元の子どもたちが食べているのを見てほしくなった。
店の前でまたしてもヨット乗りの方に出会った。裸足で生活するファンキーな方だった。もう一人の女性は海外でヨットハイクに挑戦したらしい。ぶっ飛びエピソードが多すぎて刺激になった。
どうやらこの波止場もロケ地らしい。
ベージュのジャケットに茶色のトランク。お決まりのファッションで全国を回った寅さんは、いわば旅の大先輩。帰ったら『男はつらいよ』見てみよう。
18:05 かけろまを出航。日帰りで少しバタバタしたが、美しい海に良き出会いがあった。また時間を作って再訪したい。
18:45 さて、もう一つの忘れ物の服を取りに行く。置き忘れたのは前回お世話になったペットショップの方のお宅だ。まずは釣り名人のおっちゃんの家にご挨拶に行く。約20日ぶりの再会。豪華な晩ご飯を用意してくださっていた。
新しい鳥さんに出会った。こいつもかなりかわいい^^動物たちと触れ合いながら、沖縄でのエピソードを話した。
前回サインさせてもらった隣にまた書いてほしいということだったので、今度はシーサーを描いてみた。はいうまい(笑)
お布団で寝るのも久しぶり。まだお会いして2回目の旅人にもかかわらず、家族のように接してくれる。本当にありがたい。元気に再会できてよかった^^
いつもはつらい忘れ物。今回ばかりはいい思い出になりました。今日も皆さん、ご苦労様でした。
古仁屋までのルート
2023年4月26・27日【240・241日目】
名瀬→古仁屋
走行距離 91.8㎞
積算距離 12,437.5㎞
遺作となった48作目、寅さんは震災から復興途中の神戸で「本当に皆さん、ご苦労様でした。」と最後のセリフを残します。おこがましいですが、偉大な旅の先輩ですね。