北海道の東の難所知床峠に挑む朝。ベッドの上でとんでもないことが起きました。
それでは行ってみましょう!
最悪の朝
おはようございます!
清里町のユースホステルでむかえる朝。ベッドの寝心地が良く最高の目覚めだ。
今は何時やろう?
充電プラグからスマホを抜いて確認する。
あれ? つかへん。
画面に触っても暗いままだ。もう一度プラグにさしてみる、が結果は同じだった。
充電できてなかったんやな。
さしたつもりで充電できていないことはよくあった。しばらくつないでおいて朝の支度をすることに。
9:30 朝ごはんと歯磨きを終え再びベッドに戻る。スマホの電源を入れるためボタンを長押した。
あれ、え、なにこれ?!
電源がついた…ように見えるが、画面は緑がかっていてほとんど見えない。
うそやん…。
とりあえず指が覚えている範囲でアプリを起動してみる。
カメラやカメラ!
自分に向けて撮ってみた。
カシャッ
いつもの音が鳴った。やはり起動しているようだ。しかし画面がほとんど見えない。
画面の明るさをMaxに…もう一度電源を切って…ええい、とにかく振ってみよう!
できることはやってみた、がダメだった。
どうしよう。今日は知床峠やのに。
最高の目覚めからの最悪の朝。おそらく携帯に水が入っている。カメラのレンズの内部が曇っていたのだ。とりあえず宿は出ないといけない。ひきつった顔で荷造りを続けた。
運命の分かれ道
10:00 ユースホステルを出発。昨日話した三重から来られたご家族と別れのあいさつができた。このあたりに修理屋さんはないらしい。先に進むしかなさそうだ。
とりあえずカメラの操作はできるので、写真を撮る。どんなものが撮れているかはお楽しみということにしよう。
駅で紙の地図をゲットした。
今日は知床半島の先、標津町あたりまで進む予定だ。知床半島を横断するには標高738mの難所知床峠を越えなければならない。もちろん別のルートもある。知床半島の根元を通る国道244号線だ。こちらにも根北峠というのがあるが標高は知床峠より低そう。どちらを選ぶべきか…。
まあ、せっかく来たし知床行くか!
この状況においても「なんとかなるか」の気持ちが先行してしまった。移動している間にスマホが復活するかもしれない。そうとも思った。
天に続く道
斜里町中心部から東へ進むと、天に続く道という場所がある。
はるか向こうまで道が続いている。
あの先が青い空とつながって…こんな天気では何も感じない(笑)
とりあえず写真を撮ってもらった。
ここを押せばおそらく撮れますから!そう言ってスマホを渡した。
受け取った側は首をかしげながらシャッターを押す。
その後、写真を撮るのに並んでいた方たちやバスで来られた団体客の方たちとしばし談笑した。いつの間にか自分の周りに人が集まってきた。
大阪から来たという言葉だけでドカーンとうける。人から注目を浴びるというのはいくつになっても嬉しいものだ。差し入れもたくさんいただき、気分良く峠に向かった。
峠に続く国道334号線を進むと、大きな滝があった。オシンコシン、おもしろい名前だ。
写真を撮ろうとスマホを取り出した時だった。
うおー!画面ついた!!
指で触れるといつものように画面がついた。
なんや、やっぱり大丈夫やん。
カメラの曇りはとれていなかったが、これで一安心。心はあっという間に晴れた。
峠を横切る前に道の駅があった。観光で来ていた親子と話をする。だが、頭の中はスマホのことでいっぱい。
その横には世界遺産センターもある。
知床は2005年に自然遺産として世界遺産に登録された。ここでは植物プランクトンを基礎として、てっぺんのヒグマまで多種多様な生き物による食物連鎖が繰り返されている。ヒグマの生息密度は世界的に見ても高く、近年はクマと人との距離が縮まってきていることが問題になっているそうだ。
峠の道へ進む手前である文字が目に入った。
知床観光船…。
3か月ほど前、知床の遊覧船が沈没する事故が起きた。その場所に自分は来ているのだ。
海に向かってそっと手を合わせた。
知床峠
12:30 世界遺産センターを過ぎると、くねくねした山道が始まる。いよいよ峠までの道が始まるのだ。おそらく反対側へは2時間以内で行けるだろう。雨は降っていないので大丈夫だ。
長くきつい上り坂が続く。
カチッカチッ
右手でギアを操作する。早速一番軽いギアに手を出してしまった。
100m、200m、300m…。
標高を示す看板が定期的にある。
きつい…。
これまで300~400mの峠はいくつもあった。しかし、ここの峠は休む暇がない。階段で言えば踊り場のような、少し平らな部分というのがなく、ひたすら長い坂が続く。坂の途中で止まりたいがヒグマに出会うのが心配だ。
350m、半分くらいかな。
そう思った時だった。ポツ、ポツ。
お、雨か。
濡れるとよくないものはカバンにしまって…。
ザーーーーー!!!!!!
数秒もしないうちに強烈な雨が襲ってきた。
やばい!やばい!やばい!!携帯は袋に入れて、フードをかぶって、あーーーー!!
まったく間に合わなかった。カッパの上着は来ていたものの中の衣服、靴、バッグに携帯、すべてが水没した。
カバンに入れていたPCは袋に入れていたが、黄色のレインカバーを通り越し、袋に開いたわずかな穴からPCにも水が入った。
うそやん…。
携帯は再び画面が緑色になった。
あまりの一瞬の出来事に途中からヘルメットを脱いで立ち尽くした。
なんでもっと準備しとかんかったんやろう。
そもそも今日この道を選んだのが間違いやった。
後悔してももう遅い。とにかくこの峠を越えなくては先に進めない。
そう思って自転車をこぎ始めた時、1台の車が止まって人が降りてきた。
お父さんと娘さんのようだった。事情を話すと「今これくらいしかなくて」と食べ物の差し入れをくださった。
「がんばってー!」といいながら走っていく車を見送った。車がカーブを曲がって視界から消えていく。自然と涙が出た。
標高738m。ついに峠に到着。
せっかく来たが写真は撮れない。壊れた携帯はすでにバッグの奥にしまった。
峠を越えると一気に下り道だ。700mをゆっくり駆け下りる。
ブレーキを握る手がつらい。
今ブレーキ切れたら死ぬやろうなあ。
そんなことを考えた。少しでも握るのをやめるとスピードが上がる。
少しだけ止められるスペースがある。握力がなくなってきたので、一旦止まることにした。
すると…
プップッ
クラクションだ。顔を上げると、朝ユースホステルで別れた三重のご家族がいた。
雨大丈夫やった?^^
そう言ってお父さんがおにぎりと飲み物を差し出してくれた。
自分とは逆方向で、これから峠に上っていくそうだ。優しいご家族だった。車旅と自転車旅で約束もせずに再会できるとは。
こんなこともあるんやな…。
峠の方をふりかえると、晴れ間が見える。ようやく大きな雨雲が通り過ぎたようだ。
再び坂を下る。
坂の途中に熊の湯という銭湯があった。旅人のSNSで見たことがある。ここの湯は熱いらしいが、今はとにかく体を温めたい。
自転車を止めて湯舟へ急いだ。おじいちゃんと自分より少し年上のお兄さんと一緒だった。たしかに湯は熱く水なしでは入れたもんじゃなかった。出てからお二人と旅の話をする。お兄さんはかなりかっこいいトヨタの車でご家族で旅に来ていた。優しい方たちだった。
自分もいつかこんな風に旅ができたら…。
16:30 ようやく、本当にようやく羅臼側に出た。峠を越えるのに4時間を要した。
知床峠の写真は一切撮れなかった。だがそれでもいい。
こうして生きて反対側まで来ることができたのだ。
送られてきた写真
その後羅臼町から標津町までこいだが、うまく野宿できそうな場所が見つからなかった。携帯のことを考えると根室には行かず、釧路に向かった方がよさそうだ。釧路にはさすがに修理屋があるだろう。
根室に行かないということは最東端の場所にも行けないということだったが、そんなことはどうでもいい。とりあえず、大きな町へ行って体制を整え直さなければ。
標津町から釧路に行くには、国道272号線で中標津町を通っていくのがいいと町民に教えてもらった。国道の青看板を頼りに進んでいく。
21:00 なんとか中標津町のコインランドリーに到着した。濡れたものをここで一式乾かす。
うとうとしながら乾燥が終わるのを待っていると一台の大きな車がやってきた。
こんな時間に洗濯に来る方もいるんやな。
あれ?
見覚えのある車だ。さっき見たような…。洗濯物を抱えた人が降りてきた。
あ!
なんと知床峠の下りの熊の湯で出会ったお兄さんではないか。まさかここで再会するとは。相手は車、ここは熊の湯からは40㎞以上離れた地点だ。
何でもこのあたりのキャンプ場を予約していたらしい。こんな偶然があるのか。
車に乗って撮りましょうよ! そう言われ車に乗らせてもらう。
奥さんがシャッターを切ってくれた。
こちらは後日いただいた写真。まさか夜にこんな再会があるとは。
嬉しいことに、知床峠の途中で差し入れをくれた方もインスタグラムで写真を送ってくださった。
本当に本当にきつかった。
でもこうして出会いがあった。それもすばらしい出会いだ。選んだことを後悔した道で。
夜のコインランドリー、そろそろ乾燥が終わりそうだ。
旅で自分のことを責めるのはやめよう。
そう思った。
中標津町までのルート
2022年 7月24日【72日目】
斜里町→中標津町
走行距離 145.4km
積算距離 4,584.3km
旅の前半では間違いなくこの日が一番きつかったです。雨の日は進まないというのが最善の方法です。過酷な一日でしたが、そんな中での親切な方との出会いは、つい昨日のことのように思い出せます。ほんと感謝しかありません。次回もお楽しみに!